【屍人荘の殺人】解説・面白い理由

①登場人物が覚えやすい
本格ミステリは登場人物が多く、名前やその関係性を覚えるのが大変で、何度も冒頭の人物一覧表に戻らなければならない。しかし本書は、人物の特徴の語呂合わせなどで工夫されている。また、一通り人物が登場したあと、忘れそうになったところでもう一度説明が入るので記憶に残りやすい。

さらに巻頭には舞台となる3階建ての建物の見取り図もあるため、最初は情報量が多すぎてついていけるのか不安になるが、これもこの平面図と文字だけで読者に伝わるように書かれている。

②読みやすく理解しやすい
本格と聞くと難しそうだと避けられがちだが、本書は文体が読みやすくスルスルと頭に入ってきやすい。だからといって中身が薄いわけでも幼稚な文体でもないのだ。

状況が整理されていて、説明も理解しやすくテンポよく進められていく。謎を解く手掛かりが明確に提示されていて、ポイントがはっきりしているので複雑さは感じられない。なのにその定理をどう当てはめて良いか見えてこないという、そこが凄い所でもなのでもある。

途中までの推理を明らかにしつつ真相は見通せないようにされているのである。

③特殊設定の選び方
特殊設定に基づくミステリは、複雑な場合もあり、またその説明が不可欠である。「こういう場合はこうだが、こういう場合はこうならない」等細かいルールがある。その作家独自が作り出す世界観のルールを、読者も理解する必要が出てくるのである。

しかし本書は誰もが光景や行動をイメージしやすい設定なのである。さらに、プロットにもクローズドサークルにも密接に関わっている設定だが、これにこだわりすぎることなく事件に絡めており、この距離感が上手い。

この特殊設定の状況下だからこそ在りえる心理を推理の糸口とし、物語とミステリを融合させている。

④HOWよりWHY
探偵・剣崎比留子は「犯人は、HOWの部分で困難なことがあってもどうにか突破するだろうから、むしろなぜそんなことをするのか」を重視している。例えば密室殺人の場合、それをどう破るのかではなく、なぜこの状況でそうしなければならなかったのかを考えるのである。

とにかく舞台設定が活かされているので、この設定だからこそできるWHYに注目である。

この状況は犯人にとっても予想外であり、自分の身も危ないのになぜそれでも殺人を決行したのか、など葉村譲とは違う視点から見つめていくのである。

⑤3つの殺人のポイント
“第一の殺人”

特殊設定を絡めてあり、殺人の痕跡と殺され方に悩まされる。犯人はここで違和感を確実に作り上げ、その後の犯行の土台作りをもしている。

“第二の殺人”

第一の殺人と同様、犯人像と殺され方の結び付きが見当たらず、またトリックを用いた形跡があり第一とは違う違和感がある。

また犯人が全員に強力な睡眠薬を用いた理由も見逃せない。

“第三の殺人”

またも密室殺人かと思われたが、殺害方法はいたって一番シンプルになっている。

3つの殺人それぞれに特殊設定を絡めており、状況を利用したり、生態・特性を利用したり、それ自体を利用したりと違う絡め方をしていることも注目である。

事件ごとに違った謎が用意されており、解けそうで解けない絶妙さが面白い。

そして‥今までのミステリとちょっと何か違う
◎‘神紅のホームズ’と呼ばれてた探偵が序盤でいなくなる。誰もが、てっきり探偵として活躍するのではと思われていた人物だ。

◎登場人物自身たちも読者も、殺人の動機も次の標的もほぼ分かっているのである。

ミステリに対して「自分ならこう書く」という作家の姿勢が、押し付けがましくなく表れておりむしろ好感が持てる。

▲もちろん気になった点もある

斑目機関と今回の事件は完全に別物になっていること。

しかしそれはエピローグを読み直すと「剣崎比留子と斑目機関との戦いの始まり」なのではないか、あるいはシリーズ化していくのではないかと思わさせられる。

最後に

登場人物の多さ、特殊設定、3つの殺人、論理的推理など気難しい要素ばかりのはずだが、300ページしかないのである。それなのに全体的に重くなくまとまり良いことはやはりすごいと思われる。

ミステリランキング3冠で話題性もあり期待値も上がるかと思う。ミステリをよく読む人は他のミステリと比べての評価をしていることが多く、斬新さや巧さなどを感じ絶賛する人も多い。しかし普段読書をしない人、ミステリを読まない人が本書を読むと、この特殊設定に対する好みや犯人の意外性など、それだけで判断してしまいがちである。

期待はせずに、時間に余裕がある時、そういえば話題になってたなと軽い気持ちで読み始めることをお薦めしたい。本格ミステリの楽しさを味わわせてくれる一冊になるだろう。